感情を表すことば
「大したもんだ」は、立派であることをいうが、「ふり」が付けば、見栄えを張ることで自分を必要以上に見せることになる。「ろくでもねくせして、大したっぷりしてんだから(実力がないくせに、見栄を張っているんだから)」と、軽蔑される。実力があっても「たいしたっぷり」したり、「たいしたき」になると、思わぬ所で足をすくわれる。「たいしたもんだ」かどうかは人が評価する。
たいしたっぷり
大したっぷり
冠婚葬祭と人々の繋がり
標準語であり、普通に立っているものを倒すことにも使うが、特に、貸したのに返してもらいない時に「倒される」と受け身で使う。子どもの集団の中でも、しばしば貸した借りのトラブルがあり、返えさない者が得をすることもあり、「倒され」ても泣き寝入りすることがあった。
たおす
倒す
地域を取り巻く様々な生活
「すっぽ」は筒のこと。竹は生活になくてはならないものだった。孟宗竹をはじめ、真竹、黒竹、布袋竹など、家のまわりに豊富にあった。中でも、那須地方の孟宗竹は、強い北風に耐えることから、しなりがあり、丈夫な籠の材料となった。籠の他にも、筒状の容器として使われたり、子どもの遊び道具にもなった。山仕事には、蓋が付いた「竹すっぽ」を腰に提げて出掛けた。日常生活で「竹すっぽ」はなくてはならないものであった。教室を彩った季節の花も竹すっぽに生けられていた。
たかすっぽ
竹すっぽ
冠婚葬祭と人々の繋がり
新盆の家で、角先に立てる灯籠。竹の先に杉の木を繋ぎ、仏様が間違えずに帰宅出来るように目印としたした灯籠。座敷などに置く灯籠と違って、高いことからの「高灯籠」で、「たかんどうろう」と転訛した。
たかんどうろう
高灯籠
子どもの世界と遊び
自転車のリムを真っ直ぐな棒で押して回す「りゅーむまーし」とは違った。細い針金を撚り合わせた桶のたがを、ざくまたの棒の先で操りながら倒れないように推し進めていく。「りゅーむまーし」より難易度は高かった。「箍(たが)回し」と言っていたが、竹製のものは使わなかった。
たがまわし
箍回し
地域を取り巻く様々な生活
縄で編んだ肥やしを運ぶ背負い道具。エゴノキなど強くて柔軟性のある木の枝を枠にして、底が細く上部が太くなるように逆三角錐に編み込んだ背負い籠のこと。なぜ竹の籠でなく、縄で編んだものが使われたのか。重い堆肥を運ぶため、頑丈であることが優先されたのだろう。運ばれた肥しを、手で携帯できる大きさの「こいひご」に分けて畑にまいた。
たがら
生活の基本 衣と食と住
カマドで火を焚いた際に、炉の下に落ちる熾(おき)が炭化したもの。炭を買うともったいないので、焚き落としを十能で取り出し、消し壷に入れて酸素を断ち、炭を作った。これが「焚き落とし」である。炭窯で作った本格的な炭に比べて火力も弱いし、すぐに燃え尽きてしまう。しかし、毎日の生活で無尽蔵とも言える「焚き落とし」は生活に欠かせない物だった。細かく砕けたのが「炭っちゃり」である。
たきおとし
焚き落とし

生活の基本 衣と食と住
布や糸がこんがらかって1か所に溜まってしまう状態。蛇が「とぐろを巻く」ことと同じ語源か。お針箱の木綿糸を釣り糸代わりにするため、無理に引っ張ると「た ぐまって」しまって、後で使う母親は大弱りである。ズボンを強引にはこうとすると、下着の股引がずり上がり、膝の辺りに「たぐまって」しまって、もう一度はき直さなくてはならない。袖などは、少し「たぐまって」いても平気であった。
たぐまる
体の名称と病気やけが
気質のことで、「質(たち)が悪い」などの「質」が転訛したものであろう。「おごりっぽいたつなんだから(怒りっぽい性格なんだから)」などと、しばしば使っていた言葉であった。良い言葉だが、今は全くの死語である。
たず
質
農家を支える日々のなりわい
霜柱のこと。八溝の地質は火山性のノ ッポと違って、硬質の砂岩であったり頁岩であることから霜柱が立ちにくい。それでも、それでも日陰の山道などには霜柱が立つ。早朝にメジロ捕りに山の鳥屋(とや:頂上)に向かう時には音を立てながら「たちごーり」を踏んで登っていく。
たちごおり
立ち氷
農家を支える日々のなりわい
朝に霧が 立つと晴天、反対に霧が降りてくると天候が悪化するという観天望気。雲や風の状況から、経験値に基づいて天気を判断し、農作業のスケジュールを決めなくてはならない。そのため、言い伝えられている観天望気は重要な知識である。川筋の集落であったから、しばしば川霧が立った。朝に霧が立てば、上空が冷えているので晴れの予報で、反対に山稜から霧が降りてくる時は雨であると判断したのであろう。今はピンポイントの天気予報があるから、空を見ての天気予報は必要なくなった。自然観察よりも新聞やテレビの情報が優先される。登山での「観天望気」は子どもの頃の経験が大いに役立った。
たっきりふっきり
立つ霧降っ霧
感情を表すことば
水が溢れる状態。据え風呂に水を汲む時に「たっぷんたっぷんになるほど入れどげ(溢れるほどに入れておけ)」と言われて、バケツを「たっぷんたっぷん」させながら井戸から運んでいく。オノマトペ(擬音語や擬声語で実際の音をそのまま表現したことば)として、水が溢れる状態としてふさわしい表現である。
たっぷんたっぷん
農家を支える日々のなりわい
南東からの風。一般には台風のこと。冬の北風には備えがあり、農作物も収穫が終わっているから、麦わら屋根の角が痛むこと位で少々の強風にも困らない。ところが、秋口の南東からの風は農家で一番警戒される。収穫を控えた作物はもちろん、防風対策のない建物にも被害が起きやすい。天気予報などの情報も少なかった頃、雨戸が音を立て、いつ外れてしまうのかと耳をふさぎながら夜明けを待った。
たつみかぜ
辰巳風
生活の基本 衣と食と住
風呂水を交換しないで沸かし直すこと。井戸から手桶で水を汲み、「せーふろ(据え風呂)」を焚くのは子供の仕事であった。井戸から運ぶのに疲れて、上の垢だかを取り除いて補充して二日連続の「たてっかえし」をすることもあった。風呂炊きしながら、当時の子供であればだれでも聞いていたラジオ番組の赤胴鈴之助を聞くことが楽しみであった。今は全自動となり優しい女性の声で「お風呂が沸きました」と教えてくれる。ただ、小人数(こにんずう)の我が家ではもったいないから「たてっかいし」にしている。
たてっかいし
立てっ返し
冠婚葬祭と人々の繋がり
標準語でも、上棟式は建前という。吹き流しや5色の布を立て、祭事を済ますと、大工の頭領や施主が餅の他に10円玉などを撒いた。組内のみんなが集まり、拾うと言うよりもキャッチして歓声を上げた。「慌てる乞食はもらいが少ない」と言われていたが、少しでも拾おうとして、あちこちするとかえって拾う数が少なかった。これは人生の中で同じようなことが続いた。やがて造作すべてが完成すれば、お披露目のお祝いである「わた(だ)まし」が行われる。「隣で蔵が建つと腹が立つ」というように、お祝いしながらも内心は穏やかでなかった。
たてめー
建前
生活の基本 衣と食と住
「たてる」は戸を立てることにも使うが、風呂を沸かすことも言う。この用例は、すでにポルトガルの宣教師によって江戸開府以前に翻訳された『日葡(にっぽ)辞書』にも見え、京都を中心にして使われていた言葉であるという。ポンプが入るまでは井戸から両手にて手桶を提げて何度も往復する風呂汲みは子供の仕事としては重労働であった。ついつい昨日の湯 を汲み替えず、不足分だけ足して沸かし直す「タテッカエシ(立てっ返し)」をすることもあった。やがてポンプが導入され、井戸から風呂場までホースで繋がり、水汲みの労力はなくなった。風呂を「立てる」のは小学生の仕事であったから、火の扱いは上手になった。
たてる
立てる
冠婚葬祭と人々の繋がり
村には半道(はんみち:約2キロ)置きに雑貨屋さんがあった。タバコや塩の専売品はもちろん「あけぼの」の鮭缶や「まるは」の鯨缶などが並び、文房具なども置いてあった。お店は屋号でも呼んでいたが、「みせ」、あるいは「たな」と言っていた。
もともと「たな」は商品を陳列して見せるための棚でって、棚から下ろして帳面と現品が合致しているかの確認は棚卸しである。棚が商店そのものを指すこととなり、村の生活を支えていた。爺さんの使いで、徳利を持って「寶焼酎」の量り売り、刻みタバコの「みのり」を買いに行った。もちろん駄賃があり、おまけ付きキャラメルが楽しみであった。今は村中の「たな」が消えてしまった。
たな
店
体の名称と病気やけが
臀部が著しく突き出ていること。特に女性に対して使った。中学生の頃は、表面的には蔑みながら「棚っけつ」と言っていたが、内心は魅惑的に感じていた。今はむしろ誇るべき木体型である。30年代は、男女問わず誰もがズボン(スラックスとは言わなかった)であったから、体型が如実に出てしまった。今はこの言葉も死語となった。
たなっけつ
棚っけつ
動物や植物との関わり
飼っている馬は、従順でしかも子馬を産んで馬市に出せることから雌馬であった。発情期の初夏になると博労に連れられた種馬がやってくる。子どもたちは種馬の後をついて回る。馬屋から出された飼い馬は庭先に繋がれ種馬がやってくると落ち着かなくなる。尻を叩かれた種馬は思い切り「のったった(勃起)」ペニスを雌に挿入すると、小学生の子どもたちも興奮する。頃合を測って種馬は引き離されたが、ペニスには白い液体がべっとりと付いていた。
たねんま
種馬
生活の基本 衣と食と住
白い太白は葬式の引き物であったり、親戚を訪問する時の手土産にもなった。それだけに高級感があって滅多にお目にかかれなかった。代わりに玉砂糖が使われ、名前のとおり塊があり、お菓子代わりになった。砂糖と言えば「たまさと」であった。太白をてっぺら(手の平)にもらうとベタベタになって指の間にも入ってしまうが、玉砂糖は塊のままなので、つまんで食べられた。
たまさと
玉砂糖
子どもの世界と遊び
ビー玉のこと。遊ぶためには、小石の多い庭を手の平で撫でつけ、きれいに整地することから始まる。単純な「目落とし」もあったが、穴に入れるものや、親指と人差し指で強く弾いて相手の玉をはじき飛ばす遊びが中心であった。上着のかくし(ポケット)いっぱいに、獲得した玉っこを入れておくことが子どものステータスであった。勉強よりも遊びの巧拙が子どもたちの序列を決めていたから、遊びも真剣であった。
たまっこ
玉っこ
農家を支える日々のなりわい
キャベツのことを、結球することから「玉菜」と言っていた。野菜は、伝統的な根菜や白菜など自家消費のものを、収穫しやすい屋敷周辺で栽培していたが、洋食が普及しなかったからかキャベツを食べた記憶がない。農薬がないので虫害を受けやすいうえ、下肥を使ったことから回虫などの寄生虫を一緒に摂取してしまうことの危惧からであろうか、生のキャベツを食べたのは町場に行ってからである。時代とともに作る野菜も変わっていく。
たまな
玉菜
農家を支える日々のなりわい
溜め池のこと。我が地域は山が深く、季節によって川の水量もほとんど変わらなので、渇水の心配はなかった。同じ村内でも別な地域には水量が少ないため、「ためっこ」があった。小さいわけでないのに「ためっこ」と言ったのはどうしてか。冬にはスケート場になり、はるばる出掛けていった。
ためっこ
溜っこ
動物や植物との関わり
県内の多くでは「たらっぺ」と言われる。タラノキの新芽のこと。「ぼ」は「坊(ぼう)」で、接尾語としてタラノキの芽に対しての親近感を持たせたのであろうか。あるいは、木に棘があるので、蔑称かも知れない。春の山菜の王様である。地域の人たちの山菜であったのに、今では町の人たちが大挙してやってきて、二番芽まで取ってしまうので、木そのものが枯れてしまう。
たらぼ
地域を取り巻く様々な生活
畦から苗を配る役割で、苗代から苗の調達もしなくてはならない。田には入らないから、陸回り(おかまわり)ともいう。もともとは田植えを仕切る主の仕事が語源であろうが、子どもの私も「たろうじ」と言われていたから、進行を見ながら苗の過不足がないように、畦から苗の束を配る役割が「たろうじ」だった。田植機が普及して「太郎次」は要らなくなった。
たろーじ
太郎次
生活の基本 衣と食と住
長靴に対しての言葉だが、今は短靴が当たり前なので死語となってしまった。昭和20年代の半ばになり、 今まで万年草履であったものが、くるぶしまでのゴム製の短靴が出回ってきた。靴下を履かないから、夏はベタベタで靴の中で足がふやけてしまい、冬は冷たくて、足指を絶えず動かして温めていた。長靴が出回ると、天気や季節に関わりなく履き通しであった。夏は半分に折り曲げて暑さをしのいだ。長靴のくるぶし辺りが破けると、上部を切り取って短靴にし、さらにダメになるとはかかとを切ってスリッパにもした。決してすぐに捨ててしまうことはなかった。その後に布製のズックが登場した。
たんぐつ
短靴
体の名称と病気やけが
方言ではない。瘤取りいじいさんの瘤でなく、打撲によって出来る腫れのこと。子どものころから落ち着きがなかったことから、頭をぶつけるとか、脛を強打することが多かった。時には青馴染みなった瘤もあったが、ぶつけた直後の痛みさえなくなれば、腫れは引いてくるから気にもしないでいた。親も大騒ぎをするようなこともなかった。
たんこぶ
たん瘤
生活の基本 衣と食と住
大黒柱の太さは農家のステータスであった。朝起きる、一家の大黒柱になる長男が雑巾で拭き上げた。自分の背丈までしか磨けなかったので、それより上はすすで真っ黒である。1尺5寸のケヤキの大黒柱は、何代も磨き込まれて、今も美しく光ってるが、大黒柱になるはずの長男は家を出て久しい。時々管理に帰る時るだけで、とうとう一家の大黒柱にはなれないままだった。
だいこくばしら
大黒柱

生活の基本 衣と食と住
下ろし金でなく、益子焼きの陶器製を使っていたから、今の大根おろしとは趣が違う。細かく切れないので、水っぽく、ざらざら感あった。文字どおり「大根摺り」であった。子どもの頃からの習慣で、何にでも「だいこずり」を加える。中でもおろし納豆は格別である。
だいごずり
大根摺り
冠婚葬祭と人々の繋がり
毎年暮れになれば世話役が各戸に「天照大神」と書いてあるお札を配って歩いた。神様の読み方は知らず、「テンテルダイジン」と呼んだりしていた。神棚に新しい「だいじごさま」をお飾りし、鏡餅も供えて正月を待った。神様の中で一番偉いという意識はあったが、神様の出自などについては全く知識はなかった。伊勢の大神宮が「だいじごさま」になったことを知ったのはずいぶん後になってからである。子どもの頃からのお勤めであったから、転居しても分祀した小さな神棚の「だいじごさま」に水を上げ、毎日拝礼をしている。
だいじごさま
大神宮様

感情を表すことば
「だいじだ」は県内で多く使われ、方言の定番となっているが、方言と思っていない人が多い。「だいじだ」は「大事ない」がもとになったのか、「大丈夫」が転訛したものか、八溝で使われる「だいじぶ」が「大丈夫」の音に近い。「だいじけ」と聞かれて「だいじぶだ」と答える。「だいじ」と「だいじぶ」が両方使われている。
だいじぶ
大丈夫
感情を表すことば
「大丈夫だ」という意味。「だいじげ(だいじょうぶか)」と聞かれると、「だいじだ(だいじょうぶだ)と」答える時もあるし、「だいった」とも言った。「だいった」の方が、大丈夫であることがシンプルに伝わる。
だいった
生活の基本 衣と食と住
収穫物を一時保管したり、屋内の作業をする母屋の土間のこと。今言う炊事場の「台所」ではない。一般に木戸口を入って直ぐのところで、板の間や小縁に接する土間である。「よーわり(夜なべ)」もここでする。馬屋にも接し、農家にとっては大切な場所である。毎朝、水を打って、箒草を束ねたもので、丁寧に掃き清めた。力を入れ過ぎると、表面の土が削れてしまう。家屋の構造や呼称は地域によって大きく違う。炊事場の「流し」は、竃(かまど)の隣の北の端にあり、土間の「台所」の一部である。
だいどこ
台所
体の名称と病気やけが
抱えること。人を抱くことだけでなく、物を抱えることに使う。「おっことさねよに(落とさないように)よぐだがえでもってげ」という。受け身で「だがさる」と使う。子どもの頃は年寄りに「だがさって」育てられた。
だがえる
挨拶語 敬語 つなぐ言葉など
「だからと言って」の短縮。接続詞の働きでなく、逆説的に発語として使う。「だがらって、なんでもいいっつうわげじゃねよ(何でもいいということはない)」となる。
だがらっつて
挨拶語 敬語 つなぐ言葉など
「だと言うの」の転訛。使う場面でニュアンスが変化し、「だっちゅーのよ(そうなんだよ)」と念を押すこともあるし、逆接になって「だっちゅーのに)」と使うこともある。便利な言葉であった。
だっつ(ちゅう)ーの
感情を表すことば
強意の助詞。「こうだに」は「こんなに」の意味で、「こうだにもらっちゃわるがんべよ(こんなにも多くもらっちゃ申し訳ないよ)」という意味となる。「そーだに」「あーだに」とも近称から遠称まで使う。日常会話でしばしば使われ、我々世代が集まれば、「そだに飲まなくてもよかんべ(そんない飲まなくてもいいだろう)」と飲み過ぎを注意する。
だに
地域を取り巻く様々な生活
広辞苑には「東北・関東・熊本県で人糞肥料」とある。畑に人糞を掛けることを「ダラ掛け」あるいは「ダラ撒き」といい、さらに便壷から桶に汲むことを「ダラ汲み」と言った。畑作にとってダラは厩肥や堆肥とともに重要な肥料であって、決して汚いものではなかった。予算が少ない学校でも上級生にダラ汲み当番があった。天秤棒の前後の桶に入れたダラがはねないよう、腰の上下動を少なくして、近くの山の穴に運んで捨てた。学校の「だら」は小便ばかりであったので汚い感じはしなかった。
今は汚い物として活用されることもなく、浄化槽に流れてバクテリアの餌になっている。畑から漂う田舎の香水も無くなり、代わりに手軽な金肥が使われている。
だら
感情を表すことば
「だらく」が濁音化したもの。もともとは、信じる心を失って悪道に落ちるという仏教の言葉である。そこから、心の正しくないこと、身を持ち崩すことなど、広く生活全般が健全でないことの意味に及ぶようになった。さらに八溝では、元の意味から大きくずれて、心の緩み、不注意という意味で使う。「堕落して、鉈(なた)で足切っちゃった(不注意で、鉈で足を切っちゃった)」という。また、生活態度が悪いと「堕落(だらぐ)してんだがら」と注意を受ける。今でいう、注意欠陥障害の典型であったから、しばしば「堕落」のため怪我をした。
だらぐ
堕落
地域を取り巻く様々な生活
粗朶(そだ:刈り取った木の枝)の6束を1段とする。山仕事には平場(ひらば)とは違った独特の言葉が多い。その一つが「段」である。冬に入って木の葉さらいが始まる前に、立木の不要な枝を切り落とし、地面の枯れ枝を集めて束にする。一作業の目安として6束まとめると1段として、1か所にまとめておく。稻藁も6束丸めると1段であった。
だん
段
動物や植物との関わり
正式名知らない。丸いので「団子蜂」と呼んでいた。刺さないものと思っていたから、カボチャの花に入って蜜を吸っている時に、花の先を指で摘んでら、バックしてきて指を刺されたことがある。刺す種類と刺さない種類がいるのだろうか。刺された瞬間の痛さはあったが、他の蜂に比べて我慢が出来ないほどの痛さで はないし、後遺症もない。羽音が大きい割には大人しく、余程のことがなければ刺されない。大事な花粉の媒介昆虫である。団子蜂の羽音を聞くと春の生き物の営みを実感する。
だんごばち
子どもの世界と遊び
方言ではない。直近まで勤めていた子ども園でも、週2回のお弁 当の日には暖飯器が使われていた。こども園のものはクラスごとの小型のもので、電熱を利用していたから温度設定が出来た。小学校の暖飯器は全校生が使う大きさで、幾段にもなっていて、朝の内に当番がクラスごとに籠に入れて集めた。温源は炭であるから、置く場所で温度差が極端であった。おかずの沢庵は暖まると匂いが強くなり、教室中に匂った。今は小中学校では完全給食で、センターから配送車が温かいまま運んでくる。暖飯器を知らない先生がほとんどであろう。
だんぱんき