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47 宮に行く

1日3往復の国鉄バスに乗って馬頭に行くのを、「まぢにいぐ:町に行く」と言い、それもしばしばではありません。まして県の東端から「宮」に行くことは特別な体験です。学校で、宮に行った体験を話せば、たっぷり1週間は話題の中心でいられました。
『汽車』 一番近い国鉄駅は水郡線の大子駅で、県境の境の明神峠を越えて4里(16㌔)ですから、子どもたちには遙か遠い所でした。ようやく小学校4年生の夏休み、バスを乗り継いで氏家駅に出て、初めて汽車に乗って宇都宮に向かいました。一番前の車両に乗り、煙を浴びながら機関車の躍動する様子や、機関車と客車の連結部分の仕組みに感動しました。鬼怒川の鉄橋を渡る時には、川の大きさに驚き、海はもっと大きいのかと想像を巡らし、男体山を遠望して富士山であると確信しまいました。井の中の蛙が大海を知るきっかけでした。その後宇都宮に通勤するようになり、毎日鉄橋を渡りましたが、鬼怒川からの男体山の風景はいつも新鮮に感じていました。
『上野さん』 宇都宮で一番先に訪れたのはデパートの上野さんでした。なぜかデパートに敬称を付けていました。商品を見ながら階段を上り、かねてから約束だったジャイアンツのマークの付いている野球帽を買ってもらいました。下りは初めてエレベーターに乗りましたから、動いた途端に体中の血が頭に上り、降りた後も足がふらふらしていました。若い時分に宮で生活経験のある母親は、上野さんでは商品を見るだけ、買い物は鈴木呉服屋とオリオン通りのタテノでした。帰りのバスでは、野球帽の入った上野デパートの紙袋をわざと見えるようにしました。
『水洗便所』 緊張したせいか、便意を催したのでデパートの便所に入りました。ところが、便器には穴がありません。それでも我慢が出来ず用を足していると、隣の便所の天井辺りから大きな音がしました。びっくりして山盛りの大便そのままにして逃げて出ました。その後6年生の時、日光への1泊の修学旅行の事前指導があり、入浴の前には体を洗うことや用便を済ませたら目の前にある紐を引っ張るようにと、細かく説明がありました。その時に、便器の真ん中には穴がなく水で前の方に流れていくことや、天井で音がすることも納得しました。
『サポーター』 県の陸上大会に出ることになり、東武電車に乗り換えて県営の陸上競技場に行きました。周囲の選手のランニングシャツには斜めの赤い線が入り、短いランニングパンツに切れ込みがあり、自分との差が気になって集中出来ません。結果は実力通り予選落ちです。もう一つ気づいたことがありました。そのことを先生に話したら、帰りに東武駅近くのスポーツ店で「D&M」とマークの入ったサポーターを買ってくれました。また、東武駅前の中華屋で洗面器のような丼のラーメンを御馳走になり、これも自慢話の一つになりました。どちらの店も今はありません。学校に戻って得意気にサポーターを着けて走りましたが、記録は伸びず、根気強さに欠けていたので陸上競技は終わりになりました。
半世紀以上も経って、マスターズ陸上に参加、サポーターを着けて同じ総合グラウンドのトラックを走りました。今度は入賞してメダルをもらいました。

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